2014年07月17日

「仲良くしようぜパレード(なかパレ)」への賛同コメントにかえて


 「ナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した――しかし、それは遅すぎた」
  〔『彼らは自由だと思っていた――元ナチ党員十人の思想と行動――』
   ミルトン・マイヤー著(田中浩=金井和子訳・未来社刊)より引用〕

 『彼らは自由だと思っていた』と題された本の中で、上に引いたドイツ人牧師(ニーメラー牧師)の言葉を紹介する言語学者は、「すべてが起ってしまってから、『発端に抵抗せよ』と『終末を考慮せよ』というあの有名な一対の格言を私は何度も考えてきました。でも、発端に抵抗するためには、それが発端だとわかるためには、終末が見越せなければならないのです。はっきりと、しかも確実に終末が見越せなければならないのです。だとすれば、平凡な人たちに、いや非凡な人たちにだって、どうしてそれが見越せるでしょうか。」と、振り返る。

  「最初のいちばん小さな行為のすぐ後で体制全体の最終的な最悪の行動が起きていれば――『ドイツ人の店』というステッカーが、非ユダヤ人経営の店にはられた直後に、四三年のユダヤ人のガス室殺人がおこなわれていれば――何千人、いや何百万人の人たちは大きなショックをうけたでしょう。でも、現実はもちろんそうではありません。そのあいだに何百もの小さな段階があります。なかにはそれと感じられないものもあります。そしてどの段階も、つぎの段階でショックを受けないような準備をしているのです。第三段階は第二段階よりそんなに悪くないのです。あなたが第二段階で抵抗しなければ、なぜ第三段階で抵抗しなければならないでしょうか。こうして、事態は第四段階に進みます。」

 そうして、遅まきながら、この言語学者は、《赤児同然の彼自身の息子》の口から発せられた、「ユダヤ人の豚野郎」という差別的言辞に衝撃を受けてはじめて、彼が暮らす世界の「すべてが変貌したことに、目の前で完全に変貌してしまったこと」に気づいたのだと、苦しげに告白する。

  「あなたがいま住んでいる世界、あなたの国やあなたの国民は、あなたが生まれた世界とはまったくちがっているのに、それは外形になに一つかわりがあるわけではなく、すべてがそっくりそのまま、安心感を与えてくれる外形をたもっているのです。家も、店も、仕事も、食事の時間も、来客も、音楽会も、映画も、休日も、なに一つかわりはありません。でも、精神はかわってしまいました。(中略)いまあなたは、憎悪と恐怖の世界に住んでいます。憎悪し恐怖する人びとは、それさえ自分では気がつきません。」

 こんな風に、まったく他人事とは思えない、むしろ世紀をまたいで、現在の日本の状況に激しく警鐘を打ち鳴らすかのような、敗戦後のドイツの一地方都市で取材された、戦時中を回想したこれらの言葉は、しかしながら、決して、21世紀の極東の島国に住むわれらの元へと届ける目的をもって書き残されたわけではない。そうではなく、戦後になってから、市井のドイツ人がナチス政権の時代を省みて、ドイツ系にしてユダヤ系でもあるアメリカ人の原著者に語った、ナチス独裁体制にどんどん巻き込まれていった人びとの、いわば、《ことなかれ主義》におのれの未来を預けきった精神的状況が、今の日本で生活するわれわれの、「根本的な問題を考えない」暮らしぶりに、余りにも似すぎているのだ。

 昨年から日本の都市部で繰り広げられるようになった、主に在日の韓国・朝鮮の人々に対して憎悪をぶつける集団的民族差別行進について知人らと話しているときに、「十数年前にインターネット上に現れた、極端な韓国・朝鮮人差別、中国人差別の記述を、『あれは一部の馬鹿がやっているだけだから』と、野放しにしていたら、今や、朝鮮人差別、中国人差別を匂わせる表現は、ネット上では一種の空気のように、広く蔓延してしまった。そして、そのような下地があったからこそ、常軌を逸した、『朝鮮人を殺せ』と叫ぶ集団による民族差別的示威活動にまで発展したのだと思う」と語った青年の言葉が、今ここで、どうしても思い出されてしまう。

 【racism】という英単語を辞書(『新英和中辞典』研究社)で引くと、「民族的優越感」という訳語が見つかる。
 「民族的優越感」ということは、社会集団としての「民族」の自他を識別したり、その上で更に「優越感」を覚えたりする認識力がなければ始まらないのだから、レイシズムとは、何よりも、人間の、社会的な言語・認識活動の産物であることは明らかだ。
 それゆえ、私は、「生まれつきのレイシスト」というものは存在しない、と考える。
 なぜなら、生まれたばかりの赤ん坊は、言語を獲得していないので、「民族的優越感」とは無縁の存在だから。(※性善説的な見地からではなく、純粋に、それが言語・認識上の行為であるために。)

 だからこそ、「レイシスト」という概念を、その言葉が本来備える意味以上の、たとえば、「鬼畜」という語彙にもどこか通ずるニュアンスで、 《人種の外の人種》をあらわすかのような硬直した調子(トーン)で、【特殊傾向を持つ人びとの集団】を峻別するように用いることには、私は慎重でいたい。

 「レイシスト」という、気の狂った特殊な異常者らが集まって、差別暴言を撒き散らしながら街頭を練り歩いている、というよりは、組織化され、煽動されてはいようとも、そこでは、ごくフツーの日本人、いわば一般人が、日本の国旗を掲げて、「朝鮮人を殺せ!」と声を絞っているのではないのか?(つまり、事態は、より深刻なのだ。)

 なんで、NHKの『クローズアップ現代』のようなテレビの報道番組が、ナチス政権下での人種差別運動などと対比させながら、今現に日本で起こっている、このヘイトスピーチの問題をまともに取り上げないのだろう? 
 公共放送なのに!
 私は、このような露骨な民族差別活動(こともあろうに、"民族浄化"を公に訴えている)が「デモ」と称して堂々とまかり通っている異常な現実を、テレビという最も影響力のあるマスメディアが危機感をもって取り上げようとしないことこそが、最大の問題だと思っています。

  「独裁と独裁の生まれる全過程が、まずなによりも注意をそらせることだったわけです。とにかく考えることをしたくない人びとには、独裁は考えないでいい口実になりました。(中略)私たちは、考えなければならない恐るべき根本問題を、ナチズムから与えられたのです――私たちは折り目正しい人間でした――が、たえまない変化と『危機』に踊らされて多忙をきわめ、内外の『国家の敵』という陰謀にいかれていたのです。自分たちの周辺で、少しずつ大きくなっていった恐るべき事態を考える時間がなかったのです。」(前掲書より引用)


 「なかパレ」への賛意をあらわす「コメント」を依頼されたのに、結果としてこのような長い文章を書かざるを得なくなったのは、ちょうど依頼のあった当初に読み直していた『彼らは自由だと思っていた』の、冒頭に引用した句を含んだ章(第13章)の題名として据えられた、「しかしそれは遅すぎた」という言葉を前にして、自分がこれを読みながら現代の日本の状況から感じていることを何も書かずに「今」を生きてしまうなら、近い将来、自分が生きざるを得ぬ現実は、必ずや、もっと酷くなってしまうに違いない、と寒気がするほどの暗い予感に襲われたからです。

 だから、「“在日”の友だちのためにこれを書いた」という余裕なんて、情けないけど、一切ありません。「しかしそれは遅すぎた」という言葉が余りにも恐ろしくて、とにかく、まず己自身のためにこういう文章を書くしかなかったのです。


                                    モブ・ノリオ


※(「コメント」としては到底収まりきらない「エッセイ」になってしまったので、自分のブログで発表することにしました。)
                              

引用文献 
『彼らは自由だと思っていた 元ナチ党員十人の思想と行動』ミルトン・マイヤー著(田中浩=金井和子訳・未来社刊)

追記
・「OSAKA AGAINST RACISM 仲良くしようぜパレード」のウェブサイトは以下のURLです。
http://nakapare2014.wordpress.com/

・本文中で「ことなかれ主義」という語句を用いたのは、本稿執筆の少し前に西日本新聞のウェブサイトで読んだ、作家・平野啓一郎氏のエッセイ「ローンと事なかれ主義」が非常に強く印象に残っていたからです。
posted by DJ楢山節考 at 15:32| 日記 | 更新情報をチェックする